
□ぼくは怖くない/IO NON HO PAURA(美しく儚く切ない映画)
・2003/109/イタリア
・監督:ガブリエレ・サルヴァトレス
・出演:ジョゼッペ・クリスティアーノ/マッティーア・ディ・ピエッロ
<感想>
イタリア南部の小さな村。たった5世帯の家族が住む広大な小麦畑が占める村で10才のミケーレ少年は妹と両親と暮らしている。母親は厳しくてすぐに怒るが愛情深く、滅多に帰ってこない父は強い男の印象だ。
そんな小さな村だから子供たちは全員友達になる。ある日みんなで遠出した廃屋でミケーレは偶然から穴を見つける。覗き込んでみるとそこには鎖で繋がれた金髪の少年が…… 驚いたミケーレは恐怖のあまりだれにもそれを言えない。
少年は何者か、一体そこでなにをしているのか? ミケーレはそこに通うようになって……
原作小説のそのままの映画化らしいんだがこれはさすがにネタばれは書きたくない。素晴らしかったからだ。
ミケーレは子供だ。田舎の貧乏な南部のたくましい明るい元気な子供だ。すれておらず素直で世間を知らない。だからこれを一体どうすべきかということを考えないし、子供の無邪気さで隠れて生き物の面倒を見ているようなそんな感じさえ漂う。
そして間違いなく彼は善悪を知っているのだがそれ以上に両親を愛している。正義感に満ちあふれた少年の活躍劇はちまたに溢れるがこれはそんなものではない。ただ淡々としている。事実を知ってからのミケーレの行動がすべてを語る。
一方穴の中の少年フィリッポは北部の裕福な少年だ。同じく10才で知的で優しく繊細だろう。少女のように美しく臆病でさえある。鎖で繋がれ暗闇の中にいたせいで目を開くことが出来なくなっている上、肌が青白く痩せてそこかしこの皮膚が裂けひどい扱いを受けていることがつぶさにわかる。
物語の核はこのふたりの友情のようなものだ。フィリッポは問う「君は僕の守護天使なの?」
天使。
ラストを見ればわかるのだがこれは双方にとってそうなのだ。ヘリの光の中手を伸ばしながらお互いに触れようとするその図、友情でありそして救いなのだ。
蒸し暑く息苦しい貧困の村、「大きくなったらこの村をでると約束して」と苦しげにつぶやく母、大人達が消えたとき「蒸発したんだ。いつかこうなると思ってたよ」とうそぶく村のリーダー格の少年、冷蔵庫の中に鄙びたトマトが数個入っているだけの食卓、泣きながら抱きしめる父をふりほどかないミケーレ、美しい美しい風景、ハリネズミや蛇やフクロウ、子供の背丈まである麦の穂に赤い甘い花。
ぼくは怖くない。
君が怖くない。
父も母も怖くない。
そこにあるのは愛だ。
麦畑の中を転がってふたりで笑う。ふたりの子供の天使がそこにいる。きっと村は消えていくだろう。なくなってしまうだろう。この村は滅ぶのだ。
すべてがミケーレの視線のみのこの映画、驚く場所が3箇所ほどある。タイトル&パッケージで少年ものに感じるかもしれないが、実のところは全然違うのでイタリアの経済事情なども考えながら見るといいかもしれない。