
☆偶然/PRZYPADEK
・1981/122/ポーランド
・監督:クシシュトフ・キエシロフスキー
・出演:ボグスワフ・リンダ/タデウシュ・ウォムニッキ/Z・ザパシェビッチ
<感想>
田舎で暮らす青年ヴィテク。彼には厳しい父親がいた。厳しく育てられ、多大に父の影響を受けた青年は父親が死んだとき医者になろうと決意する。そしてワルシャワで勉強をし海外に行こうと考える。
しかし彼が駅に着いたときワルシャワ行きの列車はホームから動き始めていた。ヴィテクは駆け出し列車の扉に手を伸ばす……
この映画は3つの偶然を示した映画だ。3通りの人生をヴィテクは歩んでいく。
列車に乗ることができた場合彼は共産党員になる。そして恋人ができるがやがて破局する。
列車に乗るときに騒ぎになって逮捕された場合は刑務所で反体制派の運動家と知り合う。そしてヴィテクはカトリック神父に身を変え地下活動を始めていく。だがやがて仲間から疑われる。
列車に乗ることができなかったら彼は平凡な人生を送る。結婚し医者になり海外に向かう……
なんとも皮肉な運命を描いた映画。実は冒頭ですべての謎解きがある。
人には避けられない運命がある。どんな生涯を歩んでも最後に行き着くところは同じなのだろうか。キェシロフスキは私の好きな監督なのだが彼の描くところには運命というものがある。
第一の人生で彼は共産党員として成功していく。かつて田舎で別れた幼なじみと恋人同士になる。第二の人生の彼は地下活動家だ。これもまた成功する。第三の人生では医者として成功し、医学生の時に知り合った女性と結ばれる。
だが最後に行き着くのは空港である。栄誉に包まれて、逃亡するため、海外に医者の研修に行くため、歩んだ人生は違い思想も立場も違う3種の人生が空港で交錯する。
ラスト飛行機が飛び立ちそして爆発するシーンで私は目を覆った。
キェシロフスキはいつも容赦ない。彼には甘ったるい虚飾などものともしない鋼の強さがある。同情や恋愛や優しさというものを飛び越えた人間の本質を抉るような冷徹な目がある。人が死ぬときそこに飾りを入れない衝撃的な切り口がある。衝撃的で静かだ。だから響く。
真っ向から見据えて撮ったこの映画は長い間発禁扱いだったという。そのため劇場未公開であり日本でも長い間見ることはできなかった。
この映画はキェシロフスキの初期作品で、映画監督として成熟していない時期に作ったのに完成度が高い。
今だとDVDが出ているので楽に見れると思う。これから見るとキェシロフスキのハードルは高いかもしれないが、後に続く数々の映画の根幹でもあるので是非見ていただきたい。この無常観、諦念、虚無感、結局人はどう足掻いても運命から逃れられないということを、嫌味や諦めではなくキェシロフスキの感情の入らない突き放した視点で描いている。これがウエットな監督で撮っていると湿っぽく思想とか宗教にまみれてしまいそうなのだがキェシロフスキは非常にドライだ。これほどドライだからこそ「殺人に関する短いフィルム」といった衝撃的でこの人にしか許されないような映画ができたのだろう。
見る機会があれば是非。今の若い人にこそ「殺人に関する短いフィルム」とか見て欲しいんだがなあ。見たら衝撃でご飯が食べれなくなるかもしれない。人を殺すということがいかなることか、どのような重さなのかを赤裸々に見せつけている。まあこの映画の感想はちゃんとしたところで。